生活保護とは、病気など様々な理由から、満足に就労できず、生活ができない人々のためのものである。
生活保護を受給するということは、言ってみれば行政に支えられるということ。
諸般の事情で生活を維持できなくなった最後のライフラインと考えてもいい。
しかしこの生活保護を、不正に受給してしまう者も、少ないながら存在する。
そして中には、第三者に無理強いをされて、生活保護を受給することになってしまった者までいるのだ。
「断ると、何をされるか…」貧困ビジネスの魔手に怯える男性の声
今年2月。
筆者はSさんという40代の男性と食事に出向く機会があった。
Sさんは元生活保護受給者。
色々と苦労をしたとのことなので、大変に興味深い話を聞くことが出来そうだったのだが、その実情は想像を絶する有様であった。
なんでも、病気によって仕事を失った彼に生活保護の受給を斡旋してくれた人物によって嵌められて、毎月10万ほどせびられるようになったというのだ。
ことの起こりは2012年。
Sさんは都内でエンジニアとして生活していた。
貯金はそう多くないながらも、普通の生活は送れていたという。
しかし、不摂生が元で体を壊し、入院を余儀なくされてしまった。
最初こそ会社側も「しっかり養生するように」との言葉をかけてくれたということだが、Sさんの容態がなかなか好転しない中、少しずつ「そろそろ戻ってこれない?」と急かされるようになった。
そうは言っても、まだまだ安静にしていなければならない。
Sさんは体の不調に加え、精神的にも追い詰められるようになった。
結局彼は入院中に、一身上の都合とした上で、退職することにした。
さて、ここからが問題だ。
少しの貯金は、入院の費用でどんどん目減りする。
Sさんには頼れる身内もおらず、仕事に復帰するかどうかの瀬戸際で感じていたプレッシャーから解放されたばかりなのに、別の重圧に押しつぶされそうになった。
そんな折に、病院の休憩室で出会ったのが、Tという男だった。
Tは入院しているようでもなく、誰かの見舞いに訪れたようでもなく。
ただそこに“いた”という表現がぴったりの男だった。
そのTが、Sさんに話しかけてきた。
「入院、長いの?」やら「仕事のアテはあるのか?」などの、身の上を心配するような言葉が多かったという。
状況的に誰かに頼りたい気持ちでいっぱいだったSさんは、Tに対して図らずも心を開いてしまった。これがいけなかった。
Tは「生活保護、受給するほうがいいんじゃないか?なんなら、俺も一緒に掛け合ってやる」と、市役所に生活保護の受給を打診することを提案したのだ。
実際、背に腹は変えられないところでもあったため、Sさんはこの申し出を受けた。
後日、一時的に退院の許可が下り、SさんとTは役所の窓口に出向いた。
生活保護の審査なんて、早々上手くいかないだろうと思っていたSさんだったが、これが思いのほかあっさりと通ってしまった。
Tは市の担当者に、いささか急かすように受給できるかどうか迫る部分もあったということで、これが少し気になったところではあった。
問題はここからだ。
Tは「どうせ身寄りもないなら、俺のアパートに住まわせてやる」と、半ば強引にSさんを自分が管理するというアパートに引越しするように要求したのだ。
遠まわしに断ると、露骨にイライラしたような表情をしてきて、病人のSさんにはとても反抗する気力も沸かなかった。
果たしてこのアパートというのが凄い。
どう贔屓目に見ても、築30年は経過しているであろうおんぼろの木造で、住人はみんなくたびれた老人ばかり。一様に目は死んでいたという。
Sさんを自分のアパートに引きずりこんだ後、Tは言った。
「家賃は毎月30,000円。だけど世話代、駐車場代、共益費、諸々込みで毎月100,000円だから。
生活保護費から天引きで、残った分は好きに使え」
とんでもないボロアパートに引越され、毎月100,000円も払えと、こう言ってきたのである。
実はこのアパート、住人は全員生活保護受給者で、大抵は元ホームレス。
そんな彼らをTが誘惑して連れ込み、生活保護を天引きする舞台としていたのだ。
私的制裁に誰も太刀打ちできず…
Sさんはすぐに脱出しようとした。
とりあえず警察に相談をしようと、最低限の荷物を持って早速アパートを抜け出した瞬間、同じアパートの住人が「脱走だ!」と叫んだそうだ。
するとTはすぐにやってくる。
血相を変えた顔で、「どこに行くつもりだ!お前、俺を裏切るなよ」と脅してきたというのだからたまらない。
「このとき、やっと分かりました。
ここは生活保護の不正受給のための、養豚場みたいなものだって。
飼い繋がれてる爺さんたち、Tが怖くて誰も逆らうこともしないばかりか、率先して点数稼ぎするんです。
そんなことしても、一銭の得もないのにですよ?」
部屋を出ただけだと反論をしたSさんでしたが、この言い分は通らず、なんと殴る蹴るの暴行を受けたという。
病人にこの仕打ち。異常と言う他ない。
加えて、怪我については「医者には転んだって言え」と念を押すことも忘れないT。
定期的な通院の際には、Tの車で送迎され、その間は延々「余計なことはしゃべるなよ」と恫喝されるのが常だった。
生活保護の受給日には、他の老人たちと共に一列に並ばされ「Tさん、いつもありがとうございます」と感謝の言葉を口にさせられた。
天引きされて残る金額など、せいぜい数万円。
それすら滅茶苦茶な因縁をつけられ、奪われることもあった。
しかしSさんとしては、長々とそんな環境で暮らすつもりはない。
再度脱走を企て、見事に抜け出すことに成功。
その後様々な証拠を手に警察署に相談に出向いたことで、なんとか助かることができた。
当然Tはお縄である。
このことは地方の新聞で、小さな見出しだけで紹介される事件となった。
世の中には、悪辣な不正受給の事例がまだまだ隠れている?
現在Sさんは、通院も続けつつ、自分の手で仕事ができるほどには復帰している。
生活保護ももう受給していない。
社会的弱者を囲い込み、生活保護を受給させてその大半をピンハネする。そんな人とは思えない行為を当然のようにやってこなす犯罪者はTだけではない。
俗に貧困ビジネスだなんていわれているが、実態はまさに残酷非道極まりないものだ。
社会的弱者の自立支援を目的とした法人団体は、その数こそ多いが全てがまともに機能しているわけでもない。
最近でもNPO団体が障害者の男性を暴行したり、笑いものにしていたことが発覚したばかりだし、別のNPO団体では補助金を不正に流用し、経営者が贅沢の限りを尽くしていたことが白日の下に晒された。
そして何よりも問題なのが、こうした団体や個人を、しっかりと監視し指導するという制度も組織も、ほとんど形骸化しており、事態が悪化するまで放置される傾向が強いという点だ。
社会的弱者の無知を利用し、簡素な住む部屋をあてがって毎月生活保護費を受給させ、その大半を奪ってしまう。
そんなことを画策する連中を、確実に抹消するには最初に団体の概要を精査する他ないのだが、現状では申請すればほぼほぼ通ってしまうため、これも難しい。
実際に運営するにあたって問題がないようか、根幹に位置する人物をしっかりと調べ上げるぐらいのことをしないと、気が付いたら大勢のホームレスが一気に生活保護を受給するようになり、自治体の財源を圧迫することにもなりかねないし、その受給者もいつまでも状況を脱することも出来ない。
(文/松本ミゾレ)