とかく世の中には、色んな人がいるものである。
傍から見れば、どう考えてもお金の使い方が間違っているように見えるが、当人にしてみれば、それが至極真っ当な消費の方法であるというようなことはままある。
お金に対する価値観は、本当に人それぞれだ。
今回は、そんなお金の価値観が、どうにも理解しがたい人種についての話をしてみたい。
バンドマンに寄生されて全てを失った女性
「バンドマンとだけは恋人になってはならない」という話がある。
バンドマンは男性の中でもかなり特殊なタイプで、ホストめいた性質と、自己中心的な感性の持ち主が多い(ただしベーシストは適当なタイミングで就職するし、割と感性が一般的なので別)。
基本的に彼らは、彼女がいようといまいと、チャンスさえあれば別の女の子を抱いても心が痛まない精神性を持つし、ヒモ生活に甘んじることもよしとする。
だから普通の女の子がバンドマンと付き合ってしまうと、諸々我慢の限界を超えてしまうことも少なくない。
恋愛上手な女性ともなれば、バンドマンというだけで「バンドマンか、ないわね」と結論を出すほどだ。
まあ、恐らくこういう女性は若い頃にバンドマンに痛い目に遭っているのだろうけど。
僕は折りしも、そのバンドマンと付き合って、ヒモ生活に2年付き合わされて貯金も心も磨り減った女性に出会うことができたので、ちょっと話を聞きたい。
この女性、仮に成美さんとしよう。
彼女は23歳のときに、あるインディーズ系のバンドのヴォーカル、Dと出会った。
一夜にして仲良くなり、ホテルにも行き、当時普通のOLで一人暮らしだった成美さんは、お金のなかったDを家に招き、同棲するようになった。
このときはとても幸せだったそうだ。
なんせDはかなりの男前。一緒に歩くだけでもワクワクしたことだろう。
しかし、こんな夢のような日々はすぐに終わってしまった。
Dからの執拗なお金の無心がはじまったのだ。
この無心はいつも高圧的で、「払わないなら出て行く」というような脅し文句が常だった。
惚れた弱みもあって、成美さんは要求されればされるだけ、貯金を切り崩してお金を渡していた。
あわせて生活費だって2人分。本来質素でつつましい生活をしていた成美さんには、総額550万円の貯金があったが、これは本当に、1年、2年と関係が続くうちになくなってしまったそうだ。
お金を奪われ、住む場を奪われ……
貯金の550万円がカラになっても、Dの態度が改まることはなく、むしろ横暴はさらに酷くなった。
成美さんが「あなたのために、もう貯金も全て捧げた」と言えば、当たり前のような表情で「だったら風俗行け」と言い放つこともあったという。
ここにきて成美さんは、ようやく自分が大好きだったDが、ルックスだけのクズだと悟った。が、時すでに遅しというやつで、高すぎる授業料はもはや戻ってこない。
極めつけに、ある日成美さんが家に戻ると、Dと見知らぬ女が、成美さんが買ったベッドで熟睡しているという出来事まで目の当たりにした。
流石にここで成美さんは怒りが大爆発し、素っ裸のDと女に包丁を押し付け、罵声を浴びせながら追い出した。
散々成美さんに寄生してきたDは、裸のまま逃走し、それ以降一切連絡すら寄越さないという。
Dのバンドは未だに細々と活動中で、ツアー(という名の全国各地に点在しているファンに養ってもらうための旅行)も継続中だということだ。
失ったもの多数、得たもの、精神安定剤ただ一つ
成美さんはこの一件以降、バンドマン恐怖症になってしまった。
この恐怖症の範囲は相当に広く、知人男性がカラオケで歌うだけで、曲のジャンルは問わず全身が硬直し、冷や汗が出るのだという。
歌う男性を見るだけで、Dを思い出すのだろう。
こういった深刻なPTSDを克服すべく、精神科にも通うようになったが、いかんせんお金もなく、今では働くことも難しい。
なんせ街には有線などやスピーカーから、男性の歌声など山のように流れている。これらを耳にすればすぐにトラウマがよみがえるのだから、仕事にもならない。
コツコツためた貯金に、本来健全だった心、仕事、そしてまともに恋愛をするチャンス。
これら全てを、D一人のために失ってしまった成美さん。
得たものは心の安定を保つための錠剤と、生活保護だけである。
(文/松本ミゾレ)