古人曰く、屋根のある建物で生活できるということは、とても素晴らしいことだという。家に住むことが当然と考えている私たちにとっては「何を当たり前のことをありがたがってんの?」という話だけど。
ただ、さまざまな事情で家を追われることとなった人にしてみれば、この当たり前のことこそが、何よりの安心だと思えるようだ。
先日、ひょんなことから立ち飲み居酒屋で、隣でホッピーをあおる、風体の汚いおじさんと話をする機会に恵まれた。一瞬ホームレスかと思ったが、シゲルと名乗る彼によれば、自分はホームレスではないという。何故なら、屋根つきの家に棲んでいるから。
何故彼は家を追われたのか
このシゲルというおじさん、元々は普通のサラリーマンとして生活し、妻も子もいたそうだ。しかし人間、時には魔が差す瞬間がある。普通は魔が差すと言っても、せいぜい浮気や不倫の類だったりするのだけど、シゲルの場合は会社の金を横領してしまった。事が露見した途端、妻子は彼を見捨てて出て行った。
刑務所のご厄介になり、服役後に娑婆に戻れば、既に彼の家は他人の物になっていた。実家の母は「戻っていっしょに農業すっぺ」と言ってくれたが、親戚連中がそれを許さなかった。
家もなく、職も日雇い仕事ばかり。ただ、こういう時代、金なんてものは体を駆使すれば、死なない程度に稼げてしまう。部屋を借りることはできなくても、飲み食いには不自由はしなかった。
何故彼はそこに棲むことになったのか
ところでシゲル、冒頭で書いたように、現在は屋根つきの家に棲んでいると話していた。しかし、よくよく聞いてみればその家とは、アパートやマンションの類ではなかった。なんと彼は貸しガレージに棲んでいたのだ!
貸しガレージ。日本の住宅事情は窮屈だ。ときには家に置き切れない財産を、別の場所で保管しようとする人もある。かくいう僕もそんな人間の1人。僕の場合は趣味で怪獣の人形をガンガン集めてしまい、とうとう家に置き切れなくなった。そこでガレージを借り、そこにズラリと保存している。
シゲルの場合、そもそも家財自体がないが、どうにも路上生活に馴染めず、貸主に本来の目的を告げず、友人に協力してもらい、ガレージを1つ借りたというのだ。月額10,000円。広さは4畳ほどというこのガレージに、シゲルは息を潜めて暮らしているのだという。
当然空調はない。そのため、夏場は地獄のような環境になるため、流石に外で寝ることが多いそうだ。一方で、慣れれば冬場は何とでもなるようで、その辺から拾ってきた毛布を持ち込んでは、これに包まって寝ているということである。
彼はこれからどうしたいのか
さて、シゲルは今後もガレージに居座り続けるのだろうか。どう考えてもいつかはバレちゃうと思うんだけど。この疑問に、彼はこう答えた。
「友達に保証人になってもらって、家を借りるためのお金を貯めている。今年の夏が来るまでには、アパートを借りるよ。夏場のガレージにこもるのは、本当につらいからな」
なるほど、現在は家を借りるための資金を貯めているということか。今はまだ寒い時期。本格的に暑くなるまでに、ガレージ生活を脱却できることを願っている。
(文/松本ミゾレ)