先日、A県出身の知人と食事に出向く機会があった。
彼は今年50歳になり、長年都内で仕事をしていたものの、実家で農家を営む兄が亡くなったため、近々地元に帰ることになってしまった。
そのお別れ会を兼ねた食事の席で、少し怖い話を聞いてしまったので、本人に許可を得て、こちらで紹介することにしよう。
休耕期間中の観光案内で一儲け…
ご存知のように、農家によっては休耕期間というものが設けられている。
冬の間は田んぼを使わず、暖かくなったら稲作をするなど、時期によっては農家も仕事を断念し、その間は別の作業で食い扶持を得ることは珍しくない。
休耕期間中は、可能ならまとまった金が入るに越したことはない。
そのため、色々と思案をめぐらせて、時には驚くべき手法を使う場合もあったようだ。
「以前は冬の農閑期になると、レジャー関係の仕事を、地元の有志が行っていた。このとき、わざと難所を案内して事故に遭わせる。
その後は青年団で捜索に出向き、自作自演で手早く遺体を回収し、捜査協力手当てをもらっていた」
さらっとこの知人、いきなり随分恐ろしい話を披露してくれた。
もちろん、ここ10年20年のうちの話ではない。
この知人がまだ鼻水を垂らす小僧だった頃の話であるが、彼はしばしば、冬の難所に向かう地元の大人たちに笑顔で付いていく、軽装の余所者が、冷たくなって戻ってくるのを見ていたという。
そうして、大人たちは言うのだ。
「今年はあわせて500,000円。これで春まで食っていける」
観光ガイドの手数料だけで十分稼げたのでは?
ここで筆者は、この知人に担がれてるのではないかと思ってしまった。
観光客が農業のオフシーズンにどれだけ来るのかは分からないが、そんなに人口も多くなかったであろうコミュニティのことだ。
若い衆が出稼ぎに向かったり、残った老人や女性が担当する観光ガイドの料金だけで、乗り切ろうと思えばいくらでも乗り切れたのではないかと感じたのである。
だが知人曰く、冬場、この地域では誰も出稼ぎに出向く者がいなかったと教えられた。
そういう閉鎖的な土地柄だったということなんだろうが、理由はそれだけじゃなかった。
「さっきも言ったように、観光客が遭難したら、人手がいるだろ?
そんなとき、働ける男が出稼ぎに出向いてたら、どうしようもないじゃないか」
つまりこういうことだ。
初心者では到底踏破できない山に立ち入らせたり、時には人工のなだれを起こして遭難者を意図的に生み出す。
当然警察はこの遭難者の発見に尽力するが、マンパワーはあるだけ欲しい。そこで地元の男衆らが、山狩りに招集されることとなる。
男たちが出稼ぎに出向かないのは、それを見越してのことだったのだ。
観光はそもそも自己責任!何があっても自分のせい…
山狩りは過酷な作業だが、そもそも何処に誰が埋まっているかは折り込み済み。
頃合を見て遺体を回収してしまえば、それだけで多額の捜査協力手当てが手に入るという寸法だったのだ。
「そんなことがあるものなんですかね~」と疑る筆者に、知人はニタニタ笑って
「今度、冬場に遊びに来い」と言うだけだった。
(文/松本ミゾレ)